【匠の逸品】 Urei 1176 LN PEAK LIMITER

ちゃたけです。

そろそろ音楽の話も少しはしないとねぇ。

それぞれの仕事で、これだけは手放せない仕事道具ってのがあると思います。
同じ機能を持った製品は色々あれど、自分はこれ!っていうこだわりの逸品。

料理人の包丁だったり、ギタリストのお気に入りのギターだったり、プロゴルファーのクラブや、小説家の万年筆など。
最大のパフォーマンスを生み出すための自分なりのこだわりの仕事道具。

どんな仕事でも、自分が知らない世界の仕事道具ってのはすごく気になる。
使い込んだ人にしかわからない、こだわりの部分はいったいどこなんだろう?

「匠の逸品」と題して、レコーディングエンジニア・ミキサーである僕が使ってきた仕事道具を少しずつご紹介していこうかと。
さんざん使い倒してきた体の一部の様な手放せない機材から、ヘンテコだけど意外と使える道具まで、実際使用してきたいろんなモノを、オススメの使い方も交えてお話ししていきます。

マニアックな内容になるので、あんまり真面目に書くのはやめとこう。

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Urei 1176 LN PEAK LIMITER

レコーディングやMIXで、アウトボード(エフェクター)をどれか一つだけ選べと言われたら、僕は迷わずこれを選びます。

無人島に何か一つだけ持っていって良いと言われたら、こんな物持っていかないけど。

長年使い慣れた信頼できる機材で、無くたって他にやりようはいくらでもあるけれど、やっぱりあると安心で自信を持ってお仕事出来る頼もしいやつ。

今や、音楽を作るのもコンピューターベース。
レコーディング時点ではマイクもケーブルも録音機材も使うけど、一旦PCに入ってしまえばフルデジタル。
録音機材やエフェクターも今時はほぼデジタル機材ばかり。
でもこの1176は思いっきりアナログなビンテージ機材。

僕の制作環境もMacを中心としたPCデジタル環境だけど、唯一アナログなアウトボードがこのUrei 1176。
これ以外は、全てPC内での作業。

データ素材を受け取って作業して納品するまで、全てPCとネットだけで完結出来るし、それが今や普通なので、アナログの出番はあまり無いんだけど、この1176だけはここぞという場面でどうしても使いたくて自宅に導入した。
限りあるスペースで色々は置けないので、選ばれし1台だ。

Urei 1176 はコンプレッサーという、音のダイナミクス(強弱)をコントロールする機材。
製品には”PEAK LIMITER”と書いてあるが、PEAK LIMITER=Compressor 同じ意味。
古くからあるスタジオには世界中どこにでも置いてあり、コンプレッサーの代名詞の様なもの。
大きなスタジオのコントロールルームの機材ラックには、1〜4台くらいはだいたいマウントされていて、これのSTEREO(2ch)仕様のUrei 1178と共に、無いと困る、あると便利な定番機材だ。

Ureiというメーカーは既に無く、古いビンテージ機材なので当然中古でしか手に入らないが、定番が故に、その性能や独特な使用方法等の特徴が継承されて、Ureiと同じ血筋を持つUNIVERSAL AUDIO社を中心に様々なメーカーからリスペクトを込めたリイシュー(復刻)モデルが次々と発売されている。
DAW(音楽制作アプリケーション)内で使うプラグインエフェクトとしても、各社から様々な1176が発売されていて、デジタルな世界に生まれ変わってもそのDNAは受け継がれている。

ビンテージ Urei1176には製造された時代ごとに、リビジョン(Rev)A〜Hまであり、見た目もアルミパネルに青ストライプ、黒パネル、銀パネル等モデルが変遷してきた。
モデルごとにサウンドの特徴も違う。
ブルーライン、ブルーストライプと呼ばれる初期型や黒パネと呼ばれる真っ黒なモデルは、プレミアム価格で非常に高値で取引される。
プラグインでエミュレートされるのは、この古い時代の状態の良い個体から解析された、希少なサウンドが元になっている。

ビンテージ Urei1176の各モデルもそうだが、各社の復刻モデルも操作はほぼ同じだが、コンプレッションのかかり方や音の特徴は全て違うと思った方がいい。
Ureiの正当な血統のUNIVERSAL AUDIO社の復刻1176でさえ、ビンテージのものとは全くの別物だし、本物のUrei1176の同じRevでも、コンディションによって1台ごとの個性があり特徴が違う。

僕の1176は、Rev.H。
かなり後半のシリアルナンバー。
普通、一番右に付いているはずの”Urei”の青いロゴのバッジが付いておらず、黒い文字で刻印されているのみ。
ヤフオクからの入手だったので、もしかして偽物なんじゃないかと不安だったが、REV.Hの後期型は黒文字の刻印タイプらしい。
つまり、一番最終モデルということだ。
RATIO 4:1ではコンプレッションのかかりが良く、しっかり抑えながらも自然なダイナミクスを保ちつつガッツを出す。
8:1〜は非常に大人しく、レベルだけが平坦に抑えられる傾向にある。

サウンドの特徴

コンプレッサーは、ダイナミクスを抑える働きをするが、抑えたサウンドの音量を持ち上げることで、歌や演奏の音量の凸凹を整えつつ勢いを増すことが出来る。
1176の真骨頂がまさに勢いを増すこと。
そして、存在感が増し説得力が上がること。
自然な演奏を保ったままサウンドにガッツを与え、温度や熱量を上げることが出来る。
アナログならではの太さや空気感が加わり、オケの中で収まりの良い音楽的な輪郭も得られる。
自然な設定では、ギターやベース等の勢いが増し熱量が上がりつつもバランスの中で扱いやすくなり、より積極的な設定では、歌の息遣いが生々しく引き立ったり、演奏のタッチが強調される。

役割

1176 コンプレッサーは、ダイナミクスをコントロールする役割。
録音の場合は、
マイク – マイクプリ(Head Amp)- EQ –Comp(1176等)-インターフェイス (DAW・レコーダー)
の様に繋ぐか、コンソールにインサートして使用する。
MIX DOWNでも、歌やBass等の大事なパートにインサートして使う。
アナログ機材の場合は台数が限られるので、ここぞというパートにしか使えないが、プラグインの場合は、PCのパワーが許す限り何台でも使用できる。

僕は自宅でのMIXで、特にVocalに使う。
DAW(Pro Tools)にインサートしたまま使うことは無く、インターフェイスから1176に出力して、サウンドを整えたものをインターフェイスに戻して別トラックに録音してからプラグインでMIXの調整をしていく。
スタジオでエンジニアが適切に録音した素材なら問題になることは少ないが、ボーカリストやアレンジャーさんが自宅で録音した様な素材だと、弱々しかったり、凸凹が激しすぎる場合が多々あるので、MIX処理の前に1176で予め適切なダイナミクスに調整しておくのだ。
プラグインだけで頑張るより、適切で音楽的なパフォーマンスに生まれ変わり、サウンドが破綻しない。

パラメーター

INPUT,OUTPUT,ATTACK,RELEASE,RATIO,METER切り替え
のみ。
普通、コンプレッサーにはThreshold(スレッショルド)というパラメーターがあり、入力に対してコンプレッサーが作動し始める閾値(いきち)を決める必要があるが、1176にはそのパラメーターが無く、スレッショルド固定でINPUTゲインでどれくらいレベルを突っ込むかでコンプレッションの量をコントロールする。
これが1176タイプのコンプレッサーの大きな特徴だ。

上の写真は、RATIOが4:1。
一番緩やかにコンプレッションされるレシオを選択した状態。

ATTACKとRELEASEのつまみの周りに1〜7まで数字が書いてあるが、これが1176の大きな罠だ。
見た目の感覚的には、右に回す(数字が大きくなる)とATTACKもRELEASEも遅くなると思うだろうが、実際は逆で、左に回す(数字が小さくなる)ほど遅くなる。
写真の設定だと、アタックはやや遅く(10時の位置)、リリースは最速(5時の位置)。

1176の実践的な使い方

基本編 自然なダイナミクス

1176に行く前のレベルが適切である事が前提だが、
音を聞く前に、
・INPUTは10時
・OUTPUTは2時
・ATTACK 9~10時
・RELEASE 5時(最速)
・RATIO 4:1 or 8:1
このくらいに設定してからスタートすると、ゴールに遠からず、自然なダイナミクスからスタートできるはずだ。
演奏を聞きながら、INPUTでコンプレッションの量を、ATTACK&RELEASEでダイナミクスを設定し、OUTPUTで出力レベルを調整する。

もっと抑揚を抑えたければRATIOを上げるか、ATTACKを早める・RELEASEを遅くする。
1176をうまく使いこなす、演奏の音楽的なダイナミクスをより良くするキモは、
ATTACKとRELEASEが全てと言ってもいい。

RELEASEを遅くする場面は少ないと思う。
早めに設定しとく方が本来のダイナミクスを殺さず次の音の立ち上がりが早い。
コンプレッション効果が早く開放されすぎてると感じたら、少しずつRELEASEを遅くしていく。

ATTACKは早すぎず、遅すぎずが肝心だ。
つまみの9〜10時辺りを中心に、素材のアタックを殺し過ぎず、かつ狙いのダイナミックレンジに収まるポイントを探る。
かなりシビアで、1mmも動かさないくらいの微調整だ。
微妙でシビアな調整が求められるのにつまみは小さい。
慎重にポイントを探そう。
うまくハマればオケに対して、沈まず、浮き過ぎず、付かず離れずな音楽的な収まりの良いダイナミクスを得られるだろう。
あくまでも、アレンジやオケの流れに沿った落とし所を繊細に探す。

アタックを削れば音は奥に引っ込み、逆にコンプレッションから逃して目立たせれば音は前に出る。

応用編 アグレッシブなコンプレッションサウンド

1176はきれいにダイナミクスを整えられるだけじゃない。
設定次第では、アグレッシブで過激なコンプサウンドも簡単に作れる。

RATIO 4:1 & 8:1 同時押し

RATIO 4:1 & 12:1 同時押し

これらは、通常一つしか押さないRATIOボタンを、同時に二つ押した状態。
ボタンを二つ押した瞬間、ゲインリダクションを表示するVUメーターは跳ね上がる。

いわゆる裏技だ。
これらの状態では、通常より激しくコンプレッションされて、過激なコンプレッションサウンドに豹変する。

歌にかければ、息遣いまで全てがグッと持ち上がり、ONマイクで張り付いたようなサウンドになる。
椎名林檎のVocalの様な感じといえばわかりやすいかな。

シンセベースやシンセリードにかければ、ゴムのような質感の弾むサウンドになったり、粘り気が増してコシが出て、グッと勢いと熱量が増すのだ。

演奏の感情が凝縮されて前に押し出される感じだ。

普通にかけるよりコンプレッションされる量が一気に増えるので、そのままだとダイナミクスの無いのっぺりとした音になってしまうので、ATTACKつまみを目一杯左に回しアタックを遅くして逃してやると元気が出る。
ATTACK最遅、RELEASE最速からスタートすると調整しやすい。

INPUTを過激に上げ、OUPUTを下げて音量を調節すれば、ビリビリ・ブリブリなディストーションサウンドも作れる。

RATIO ALLボタン同時押し

最も過激で破綻した音作りの設定。
強烈で凶暴なコンプレッションサウンドが欲しい時に試してみるといい。
ダイナミクスも含めて破綻した音になるので、僕は採用したことは記憶に無いが、この裏技で作られたサウンドは世の中にいっぱいある。
STEREO仕様の1178で、ドラムのアンビエンスマイクや、ドラム全体を送り込むと、強烈なバシャバシャサウンドになって面白い効果が得られるだろう。

このRATIO同時押しモードは、過激にコンプレッションされるので、Vocalのブレスやリップノイズ、ギターやベースのフレットノイズや演奏ノイズも過激に持ち上がるので、聞かせたくない音も持ち上がって聞こえるようになってしまうので注意が必要。
編集やボリュームのオートメーションで、要らないものをカットしたり下げたりする必要が出て来るだろう。

プラグイン版1176

僕がいつも使うプラグイン版の1176にも少し触れておこう。

・AVID BF76
これは、Pro Toolsを使えば無料で付いてくるので誰でも気軽に使える。
音の癖は全く無く素直なサウンド。
コンプレッションしてもレベルが抑えられるだけで、アグレッシブな音作りには向かないが、癖が無い分オールマイティに使える。
質感は変えたくないが自然にダイナミクスを抑えたくて1176タイプのコンプのかかり方やコントロールが必要な時に使っている。

・WAVES CLA-76
世界一有名なエンジニア Chris Lord-Alge 監修の1176プラグイン。
ブラックフェイスとブルーフェイスの2種類のエミュレーションが切り替えられる。
ブラックフェイスの方が素直。
ブルーフェイスの方がヘビーにコンプレッションされる。
かけるだけでガツンと勢いや強さが増してエッジが際立ち説得力が増して、MIXの中で負けない音になる。
だが、あまりに強すぎる為、使いすぎには注意。
元々強い音にも使ってしまうと他と混ざらなくなってしまうので、弱々しい音をパワーアップさせたい時や、歌やギターソロ等、主役級のパートに使うのに向いている。

・UAD版1176 CLASSIC LIMITER COLLECTION
僕はUADを使っていないので未体験だが、アナログエミュレートに定評のあるUAD版で、1176も周りの評価は高く、良いという声を聞く。
UADを導入したら是非使いたいプラグインだ。

プラグイン版の1176にも裏技のRATIOボタン同時押しモードが付いている場合があるが、基本的にALLしか選べない。
RATIO 4:1 & 8:1 同時押し等の自由な組み合わせは実機でしか使えない裏技だ。

「お化粧」の心得

加工したり、エフェクトで音を彩ることを、「お化粧する」という言葉で例える。

コンプレッサーに限らず、リバーブやディレイ等全てのエフェクトに当てはまるが、自分の中に明確なゴールが見えていないと、どこをどういじるべきかの判断がつかない。
こう鳴って欲しいという理想のサウンドがイメージ出来ていれば、現状の問題点を改善してギャップを埋めるなり、適切なお化粧を適切な量で出来る。
それを常にすぐイメージできるかどうかは経験がものを言う。
薄化粧が似合うアレンジもあれば、厚化粧が必要な場面もある。
どんなエフェクト処理も、アレンジの意図を汲むことと、完成イメージを持つことが大事だ。


あぁ、やっぱり真面目に書いちゃったよ。。。

ここまで読んだあなたは偉いよ。
よっぽど勉強熱心か変態だもの。

こんなマニアックな記事が、これからスタジオや音楽制作で活躍する人達に少しでもお役に立つなら書く甲斐もあるかなぁ。

ではまた。RTB。

ちゃたけ

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