ちゃたけです。
前記事、vol.3では、
・共通の処理を行うならバスでまとめる
・常にプラグインの無駄遣いを減らしてCPUパワーの節約を心がけましょう
・準備をしっかりしておくことがミキシングを素早く進めるコツ
・周りを見渡して、そのパートの役割・立ち位置を見極めて、全体でのバランスを取ることが大事
・トラックを重ねるとノイズも積み上がる
→ EQとゲートで不要な帯域やノイズをカットする処理をするだけで仕上がりはグッと良くなる
を学びました。
クリス・ロード・アルジが語るTipsをさらに膨らませて、動画では語られていないけれど関連する部分にもより深く踏み込んで、僕なりに大事だと感じてきた心得やエピソードも織り交ぜながらお話しています。
では続いて、vol.4に進みましょう。
【Chris Lord-Alge(クリス・ロード・アルジ)が語るMixのTips】から学ぶミキサーの心得 vol.4
いちばん重要なTips それはモニター
モニタースピーカーでもヘッドホンでも、同じ設定(ボリュームレベル、スピーカーのEQ設定等)にしておく。
そして、リファレンスとなる馴染みの曲、聞き慣れた曲を聞いて基準を確認する。
モニターリファレンス
それはすなわち、
「基準」
基準をはっきりさせることで、余計な戸惑いが無くなる。
“戸惑い”がミックスにおいて一番厄介だから。
初めて訪れる外スタジオ等、スピーカーやモニター環境、部屋の大きさや残響特性が変わっても、作業に入る前によく知っている曲を聞くことで基準を見つけられる。
洋楽アーティストのCDでもいい、好きなアーティストの曲で全然構わない。
Rock、Pop、Dance、色々なジャンルを取り揃えておくとバッチリだ。
とにかく聴き込んでいて、その曲の特性をしっかり把握していることが大事。
別にアイドルだろうとアニソンだろうと、DopeなHip Hopだろうと、何だって構いやしない。
それが自分の基準なんであれば、堂々と聞いてしっかりモニターの特性を確認しよう。
同時に、過去に自分が上手にミックスできたと思える曲も必ず一緒に聞くといい。
マスタリング済みではなく、ミックス後のファイナルミックスの方がいいだろう。
自分がミックスしたその曲の音響特性は、あなたが世界で一番理解しているはずだ。
環境が変わってもそれを聞くことで、初めて訪れたその部屋の、スピーカーやヘッドホンの基準を見つけることができる。
LIVEのPAエンジニアも同じく、スピーカーや機材のセッティングが終わってアンプに火を入れたら、真っ先に自分のリファレンスとなる曲を流して、会場の残響特性を把握してスピーカーのチューニングを始める。
プロフェッショナルな職人は、それぞれ自分の基準を持っている。
基準は自信へと繋がる
次に、
「ミックス中は可能な限り音量を下げて作業すること」
スタジオのラージスピーカーでキックやベースのLowエンドを確認したり、モニタースピーカーを大きな音で鳴らして、迫力やドライブ感を確認する事は大事だが、感覚をつかんだら、小さいボリュームに戻して作業を続ける。
モニターコントローラーやインターフェイスのボリュームつまみでもいい。
数値が表示されないならテープを貼ってマジックで印を付けたっていい。
モニターレベルを、大・中・小、いくつか基準になる数値を決めておくといい。
同じモニターレベルで、過去に自分がミックスした曲や、いつもリファレンスとしている馴染みの曲と聴き比べれば、今ミックスしている曲がどのような状態なのか掴むことができる。
大きな音で聞き続ければ、耳が疲れて高域が聞こえなくなり、ダイナミクスも聞き取りづらく判断できなくなり、戸惑うことになる。
ずっと大きな音で聞き続けると、音の中に自分が埋もれてしまい迷子になりがちだ。
ミックス中は可能な限り音量を下げて作業することが長時間判断力を保つコツ
僕がまだアシスタントエンジニアだった頃によくスタジオに来てミックスしていた大御所エンジニアさんは、小さなラジカセでとても小さい音でミックスしていた。
同じ部屋に居る僕は非常に気を遣う。
作業しなきゃいけないことがあるのに、物音なんて立てられやしない。
タバコを吸う時でさえ、スネアのタイミングに合わせてライターの火をこっそり点けていた。
きっと、耳を大事にしていたんだろう。
そして、ラジカセ等で小さい音でモニターすると、バランスが非常に判断しやすい。
個々の音作りまではそれなりな音量でそれなりな大きさのモニタースピーカーで行うが、音が決まってバランスを追い込んでいく段階まで来たら、小さなラジカセだけで作業していた。
「自分のモニター環境を知り抜いておく。
部屋の反射音が良くないならモニターレベルは極力下げて反射を回避すればいい」
小さい部屋でスピーカーのボリュームを上げれば部屋の反射の影響を必ず受ける。
そこから得られるものは何も無く、戸惑いが増えるだけだ。
スピーカを鳴らせない部屋や、ヘッドホンに慣れているなら、ヘッドホンでミックス作業をしても問題ない。
ルールなんて無い。
必要なのは、リファレンス。「基準」だ。
慣れ親しんだ、基準となるモニターを幾つか用意しよう。
・ヘッドホン
・モニタースピーカー
・ラジカセ等のスモールスピーカー
iPhone等のスマホとイヤホンも一つのモニターリファレンスとなり得る。
どれももちろん同じようには聞こえず、満足な音質で再生されないものもあるが、どれで聞いてもアレンジやミックスの意図が崩れていないかチェックする。
聞いているデバイスの特徴(中域が出っ張っている、Lowが少ない等)を掴んでいれば、聞いた時に修正するべきポイントが判断できる。
僕のモニターリファレンス・基準は、
GRACE design m905
モニターコントローラー
SONY MDR-CD900ST
ヘッドホン
この組み合わせがメインで、
他にスピーカーが2セット。
・FOSTEX NF-1A(パワード)
・YAMAHA NS-10M STUDIO & YAMAHA PC1002(Power Amp)
そしてラジカセや、ラジカセ代わりの小型スピーカーセット
BOSE Model 101MM
ラジカセやスモールスピーカーは、別に真ん中で真剣に聞く必要はない。
どちらかというと、無意識のながら聞きだ。
どっかから聞こえてくるという想定でバランスを確認する目的や、街中の店内スピーカーからのBGMを意識しているので、メインスピーカーとは別の場所でも構わない。
僕は、置く場所も無いので出窓に設置していて、作業しながらだと横から聞こえてくる状態だが全然問題ない。
振動防止のスピーカー台にしているのは、ダヴィンチコード 上・下巻。
ミステリアスな音がしそうじゃないか。
m905は色付けが無く、これ以上無いくらい素直でクリア。
これでモニターすればベールが剥がれ、今まで見えなかったものが見え、全ては丸裸となる。
問題点を見つけるにはうってつけのモニターコントローラーだ。
アナログ・デジタル・USB(PC)等の多様な入力ソース切り替えや、3系統のスピーカー切り替え等、入出力系統が豊富で操作もシンプル。
快適に作業を行うことが出来るスタジオの中核だ。
電源投入後、モニターボリュームを長押しするだけで、スピーカーもヘッドホンも、自分で設定したモニターレベルに瞬時に切り替わる。
まさにモニターリファレンス、「基準」が意識された製品だ。
ヘッドホンのCD900STは、どこのスタジオにもあるであろう定番中の定番ヘッドホン。
どこに行っても同じ音で聞けるということは非常に大事。
だからこそ基準となり得るのだ。
長年使い込んで慣れてしまえば、ラージスピーカなんて聞かなくても、このヘッドホンだけでもLowエンドの判断だって経験から出来てしまう。
要は、慣れがそのまま基準となる。
リスニング用の心地よいヘッドホンや、低域が膨よかなヘッドホン等、いくらでも種類はあるが、絶対に基準をブレさせないためにも、僕はこのヘッドホン以外を聞くことは無い。
モニターコントローラーからスピーカーへのXLRキャノンケーブル等、マルチケーブルやデジタル等の特殊なケーブル以外のアナログXLRキャノンケーブル・Phoneケーブルは、
MOGAMI 2534ケーブルと、NEUTRIKコネクターで自作している。
別に特段すごいケーブルでもコネクターでもない。
スタジオ標準の普通のケーブルとコネクターだ。
その”普通”が自宅スタジオにも欲しかったので、ハンダ付けが得意では無いが頑張って自作して揃えてみた。
ケーブルだってコネクターだって、こだわればお高いものや個性が強いものはあるし、ケーブル1本変えただけで劇的に音が太くなったりもする。
だが、それは色付けであって基準とはかけ離れてしまう。
ケーブルもコネクターも、スタジオクオリティをクリアした、いわゆる普通であれば良くて、そこに色付けはなるべく無いほうが基準は見えやすい。
録音に至るまでの、楽器からインターフェイスまでのケーブルは、色付けしても全然構わない。
ケーブルもエフェクターとして使い分けて音色の変化をうまく利用すれば良い。
だが、インターフェースからの出力やスピーカーへのケーブルは、色付けや嘘が有ってはならない。
それは戸惑いの元になる。
何がホントで何がウソか判断できない。
どんなに良い音、太い音で聞けると言ったって、それはその部屋に居る自分だけの話だ。
リスナーの耳には届かない。
リスナーの耳に届くのは、自分だけが楽しんでいた嘘や色付けをされる前の素の音だ。
しかも、その素の音をミックスしている自分すら聞いたことが無いという恐ろしく無責任な状態。。。
ケーブル1本にだって基準を設ければ戸惑いは少なくなる。
自分に合ったものなら何でもいいが、
自分のモニター環境を知り抜いて一定に基準を保つこと
作業前・作業中にリファレンスとなる曲を聞くことで基準を確認すること
「ミックス本番で新しいスピーカーをいきなり試さないこと。それは間違いだ。」
それはヘッドホンも同じ。
試すなら、いつもの慣れ親しんだものを用意した上で追加して試すことだ。
そうすれば比較できる。
クライアントのラフミックスを確認する
セッション全体を眺めて把握しつつ、クライアントのラフミックスを確認する。
A/B切り替えでいつでもラフミックスを聞けるようにする。
ラフミックスをセッションのインターナルとは切り離して、別系統のアウトから出力してドライな状態でモニターすること。
ミックス中のマスターバスを通って、EQやマキシマイザー等のエフェクトを通っては意味が無い。
必ずドライなラフミックスを、A/B切り替えでいつでも聞き比べられるようにすること。
資料音源も同じ。
これは、インターフェイス1台では実現することはなかなか難しいかもしれないが、DAWとは別にインターフェイス用のミキサー・マトリックスアプリケーションが付属していれば可能だろう。
とはいえ、アプリケーションを跨いで切り替えるのは面倒だ。
こういう場合にも、ソースとスピーカーを自由に切り替えられるモニターコントローラーがあれば非常に有効だ。
HD I/O 8×8×8とm905モニターコントローラーの組み合わせで使用。
作業中のミックスはMain Out(A1-2)からの出力をモニターし、ラフミックスや資料音源はAES/EBUデジタルOut(A9-10)から常に出力しておいて(ソロセーフにしておく)、モニターコントローラーのスイッチ1つでいつでも切り替えて聴き比べる事が可能。
m905のソース切り替えでUSBを選べば、Mac上で再生するiTunesやYouTubeだって劣化無くフルデジタルのまま試聴可能だ。
モニターコントローラーを導入するだけで、作業の効率はグッと上がる。
「ラフミックスを聞きながら、セッションのバランスを同じレベルになるように調整する」
ようなことをクリスは言っているが、まずはミックスのスタート地点を、クライアントのラフミックスと同じ状態から始めようという意図だろう。
「クライアントが作業を終えたところをリファレンスにして、各要素は必ず同じレベルのままで作業をする。」
と言っている。
これはなかなか珍しい手法だなと個人的には思うが、その意図は明確に理解できる。
「彼らの考えを深く知り抜いてから、自分が望むものを加えるんだ。」
クライアントの意図をまず理解する所から始め、そこから自分の望むもの、オリジナリティを加えていく
セッション上に並んだトラックに足りない物や、出ていないトラックが無いかチェックする意味でも、ラフミックスと聴き比べる意味がある。
時には、ラフミックスが同梱されていてもただのスケッチでしかない場合も多い。
あまり深い考えもなしにラフミックスを作っていたなんてことはもちろんあるが、ラフミックスには、クライアントの、アレンジャーの意図が詰まっている。
それは、バラバラの素材トラックから再構築して積み上げる際の道標となる。
ラフミックスから推測して意図を汲むことはとても大事な事でミキサーにとって必要な能力だが、もっと大事なことは、
コミュニケーションを取ること
ミックスに必要な情報を引き出し、彼らの意図をしっかり理解した上で作業に取り掛かりたい。
楽曲の制作者達は、時間をかけて作ってきて、何度も何度も聞いてきたことにより、往々にしてその曲の今の姿に飽きている事が多い。
そういう場合はミックスで新しい風を吹き込んであげることで喜ばれるが、逆にこだわりが強く、ミックス前からあまり変えたくない人だってもちろんいる。
そこを見極めることが必要で、コミュニケーションはその判断を間違うのを防ぐために重要なのだ。
クライアントは、ぶっ壊して新しい何かを創り出して欲しいのか、それとも今ある状態をブラッシュアップして、よりBigにLoudに輝きを増して欲しいのか。
何を望んでいるのかを把握して、独自の要素を加えるとしても、彼らが望む範疇に収める。
彼らが望む範疇の中で、時にはギリギリを攻めて、自分なりのオリジナリティを出したサプライズを提供することで、ミックスを依頼したことに満足してもらえるし、楽曲に新たな一面を加える事ができる。
それが華だったり、時には毒を盛ることも重要だ。
毒や棘がある、エッジの効いた楽曲にリスナーの耳は惹かれる。
そして一番大事なのは、
全てのアプローチに必然性があること
楽曲の本質を見極めて、新しい要素をミックスで足すにも、あたかも最初からそういうアレンジだったかのような必然性が大事だ。
せっかく苦労して生み出したギミックも、自分ですら必然性が感じられないなら素直に消すべきだ。
楽曲の本質をクリスは、その曲のハートと言っている。
ハートを失わない範疇でサプライズを提供すればクライアントはきっと喜んでくれる。
必要なければ元に戻せば良いだけだ。
依頼者である制作者の意図は尊重するべきで、ミキサーの独りよがりな自分が楽しむだけのミックスには何の意味もない。
お仕事としてクライアントの意見を尊重し、顔色を伺うことも大事だが、一つ一つの判断の先には、そのアーティストの過去と未来、そしてお金を出して買って聞いてくれるリスナーの顔が見えていなければならない。
vol.4 まとめ
・モニターリファレンス=基準
・基準は自信へと繋がる
・ミックス中は可能な限り音量を下げて作業することが長時間判断力を保つコツ
・自分のモニター環境を知り抜いて一定に基準を保つこと
・作業前・作業中にリファレンスとなる曲を聞くことで基準を確認すること
・クライアントの意図をまず理解する所から始め、そこから自分の望むもの、オリジナリティを加えていく
・コミュニケーションを取ること
・全てのアプローチに必然性があること
ずいぶんいっぱいありますなぁ。
僕が勝手に増やしてるんだけど。
音ってのはあやふやで目に見えない非常に掴みにくいもの。
レコーディングでもミックスでも、LIVEの現場でも、とにかく「基準」は非常に大事です。
基準さえ見つけられれば、それを信じて皆が迷わず正しい道に進めます。
そして、その基準を明確に示してあげるのもエンジニアのお仕事なんじゃないでしょうか。
以上、vol.4でした。
次で最後です。
vol.5へ、つづく。
ちゃたけ